熱海港に降り立つ

連日、真夏の猛々しい暑さが続く中、8月6日は、ほんの少し涼しかったので、熱海を散策しました。

大島、初島へ就航する船が着く和田浜南町から徒歩で海岸線を歩きました。

途中でビール祭りの旗が掲げられていましたが、サッポロビールなので飲みに行けないなと思いました。

熱海(あたみ)の地名の由来は、昔、海中より温泉が凄まじく沸きあがり、海水がことごとく熱湯となったため、「あつうみが崎」と呼ばれ、いつの頃からか「あたみ」と言われるようになったとのことです。

私が少年の頃だったと思いますが、金色夜叉で有名な熱海海岸は埋め立てられ一度無くなりました。

しかも新婚カップルのメッカだった熱海は、いつしか社内旅行の団体観光客も少なくなり、海岸線に立ち並んだ大手旅館やホテルは軒並み潰れてなくなってしまったのです。

その後、再び海岸を作るために砂が運び込まれ、新しい海岸が出来ました。

同時並行して海岸線に立派な歩道が作られ、今では観光客で賑わっています。

10数年前から観光客誘致にマスコミを上手に使い、熱海も奇跡のような復活を遂げたのです。

今日も数多くの若者が海鮮食堂の前で列を成していました。

閑古鳥が鳴いていた熱海が復活し、シャッター通りだった銀座通りも個性の有る店舗が開店し、駅前の仲店通りも観光客で賑わっています。

湯河原も努力して熱海にあやかりたいものです。

湯河原はかつて土肥と呼ばれ、万葉集に収録されている一首「あしがりのとひ(土肥)のかふち(河内)にいづるゆ(湯)のよにもたよらにころがいはなくに」が地名の由来と言われています。

湯河原には素晴らしい自然や風情があり、過去を偲ばせる建物もあります。

多くの方々に湯河原の良さを知っていただき、観光に来ていただけると嬉しい限りです。

散策の最後は、湯河原の湯蕎庵さんの美味しいお蕎麦で締めました。

次の記事

お墓まいり